京和傘について

和傘の歴史
 和傘は平安時代前後に仏教やお茶・漢字等と同じく中国より伝来したと言われております。
 平安時代の絵巻物に登場する和傘は現在のような形ではなく、傘(蓋・笠)であり、天蓋や覆い状のような物でした。用途も雨具ではなく、貴人に差しかけて日除けや魔除け、権威の象徴として使用された物です。鎌倉時代の絵巻物「春日権現験記」(1309年)には、貴族が大きな傘をさしている図が見られます。
 この時代ではまだ傘は開いたままで閉じることが出来ませんでした。
 和傘が閉じる事ができるようになったのは安土桃山時代ですが、広く一般に使われだしたのは分業制の発達した江戸時代中期以降のことであり、それ以前の庶民の雨具といえば菅笠(すげがさ)と簑(みの)でした。
 江戸の浮世絵師安藤広重の描いた「大橋あたりの夕立」(「名所江戸百景」1857年頃)には激しく降る夕立に傘をすぼめて急ぐ町人の姿が生き生きと描かれておりますし、喜多川歌麿の美人画にも傘をさしている町人の姿が多く見られます。このことから当時からすでに生活必需品として広く普及していたことがうかがえます。
 また、映画や時代劇には、浪人が傘張りの内職をしている場面がよく出てきますが、江戸時代の中期以降、藩の財政が苦しくなってきた時、実際に下級武士が傘の内職をして、藩政を助けたという資料も残っているようです。
 長い歴史の中で様々な改良が繰り返され、伝統文化や伝統芸能と結びつき、日本的的美意識を持った工芸品といえるような姿に進化していきました。

 和傘のことをから傘(唐傘)とも呼び、中国の唐(から)の傘とする説もありますが、現在有力とされている説では、それまで開きっぱなしであった傘がまるでカラクリのように自在に開閉できる事に驚き「まるでカラクリのような傘」が縮まって「からかさ」と呼ぶようになったそうです。傘が開閉できるのは今日では当たり前に考えられていますが、実は非常にシンプルかつ高度な構造を有しており、数ある工芸品の中でも和傘ほど複雑に変化する機構を持っているものは、そう多くはありません。
 また、和傘はただの日常品としてだけではなく、装いにアクセントを付ける重要なファッションの小道具でもありましたので、美しさも兼ね備えるよう様々な技巧やデザインを凝らした和傘が生まれました。江戸時代の美人画には様々に着飾った人々がお洒落な和傘を差している様子が多く見られます。
 和傘は歌舞伎や日本舞踊、茶道の中でも取り入れられ、それぞれの伝統美を付加した独自の進化を遂げ、他国に類を見ない非常に豊かな、我が国固有の和傘文化とも呼ぶべき土壌を作り出していきました。

京和傘について
 京都は古来都として長らく栄えた土地柄、最も早くから和傘が使われて来ました。
 都ならではの審査目の厳しい人々に使われる中で、過度な装飾を廃したシンプルさと最高級の素材と技術で仕上げられた上品さを持つ、京都独自の美意識を持つ和傘「京和傘」として発展して来ました。
 特に日吉屋では店の立地上、茶道との関係が深く、質素な中にも凛とした佇まいを見せる侘び茶の世界に合う本式野点傘を生み出して参りました。
 和紙は傘に合わせて、越前和紙(福井)・五箇山和紙(富山)、美濃和紙(岐阜)を使い分け、竹は岐阜真竹、京銘竹を使い、細かな素材にも京漆や京真田紐、数奇屋金具を用いて最高級の京和傘に仕上げております。

和傘を取り巻く現状
 最盛期には日本全国で年間1千万本以上生産されていた和傘ですが、明治時代に洋傘が輸入され、西洋化が進んで普及すると共に急速に衰退し、現在では、岐阜県、京都、金沢、鳥取、徳島などで少数の業者が生産しているだけになってしまいました。
 京都でも和傘製作は弊店ただ1軒を残すのみとなり、和傘は、昔のように生活必需品として使われることは少なくなりました。
 しかし、現在では趣味の品としてや、踊りや芝居などの小道具として、伝統行事・儀式・茶道などの道具として、広告・ディスプレイ・展示用として、あるいは日本的な土産品として、その用途は多岐に渡っております。
 特に日本の伝統文化の代表格である茶道や日本舞踊、歌舞伎などに和傘は今でもなくてはならない道具であり、日本文化を象徴するもののひとつとして重要な役割を果たしております。

和傘と洋傘の違い
 洋傘と和傘、どちらも傘ですので大して違わないのではないかと思われる方が多く見受けられますが、同じ傘でも起源が全く異なるので、構造・使い方がかなり異なっております。
 まず材料は洋傘が通常ビニールやポリエステル、スチール等の人口素材であるのに対し、和傘は和紙・竹・木等の自然素材を主にしております。
 また、洋傘は骨数が通常8本であるのに対して和傘は30本〜70本と非常に多くなっております。これは洋傘が骨の針金の張力で生地を内側から押し上げて開くのに対し、和傘は細く割った多くの竹骨で和紙を支えるようにして開く為です。その為開いた時のシルエットが洋傘は丸みを帯びて深いアールを描くのに対し、和傘はすっきりと末広がりに真っ直ぐに広がります。
 生地の畳み方も洋傘は生地を骨の外側に巻きつけるように畳むのに対し、和傘は生地が骨の内側に畳みこまれ、まるで1本の棒のような独特の姿になります。和傘の骨は1本の竹を均等に割り、割った通りの順番に組み立てるので、閉じたシルエットがあたかも元の1本の竹のように綺麗に閉じるのです。
 その上、頭の方向も異なり、洋傘が傘の先端を下にして持ち歩くのに対し、和傘は頭を常に上にして使います。
 同じ傘でも多くの点で違いがあります。
京和傘の作り方
 和傘は各種の和紙、竹、木、亜麻仁油、漆、柿渋、タピオカなど、主原料は天然素材を使用します。  それぞれ専門の竹骨職人、木工職人、和紙職人、和傘職人ら熟練工の手を経て、数週間〜数カ月をかけて傘に仕上げられます。傘製作は傘骨の数ほど工程があると言われ、大きく分けても下記の工程があり、細かく数えると数十工程以上あり、非常に複雑な上、それぞれに高度な専門技術を要します。
1 原材料の準備
竹骨、和紙、木部品、金具等をそれぞれ専門の職人が製作
2 下事(したご)と呼ぶ骨組み作り
竹骨を糸でロクロと呼ぶ木製部品に繋いでゆき、開閉できる骨組みを作る
傘骨 下事
3 紙裁ち(かみたち)
傘の大きさや部品より異なる型紙に合わせて和紙を数十枚に裁断する
4 のり作り
タピオカ粉を原料として自家製で製造
no photo のり作り
5 和紙張り
中置、軒、胴、蓑、から巻き、頭包み、手元等と呼ばれる和紙を張り分けていく
6 姿付け
張り終わった傘を乾燥させ、綺麗に畳めるように折畳んでいく
和紙張り no photo
7 色塗り・漆塗り    
傘の種類やデザインにより、顔料・漆・カシュー等を塗って乾かす
8 油引き・天日干し
防水の必要のある和傘(番傘・蛇の目傘・野点傘等)に亜麻仁油を塗り天日で数日〜2週間程度干す
色塗り・漆塗り
9 仕上げ
糸飾りや金属製のハジキ、石突、かっぱ等を取り付けて完成させる
仕上げ